“人の手”こそ石油に代わる資源

ピープル・ツリー/グローバル・ヴィレッジ代表 サフィア・ミニー氏

5月は、WFTO(世界フェアトレード機関)が定めた「世界フェアトレード月間」。
最近では大手スーパーやコンビニでも見かけるようになったフェアトレード(公正な貿易)商品だが、日本ではまだまだ認知度が高いとは言えない。
その仕組み、意義とは何なのか?
そしてフェアトレードビジネス成功の秘訣とは?

“アンフェアな貿易”が存在する

まず、チャリティーではないということです。
あくまで「公正な貿易」を行うことによって途上国の貧困問題をなくし、環境を守る。
そのための仕組みがフェアトレードです。

・・・一方フェアトレードは、直接、生産者の方と契約して、できるだけ現地の技術や資源を生かしながら、できるだけ収入源を増やしていくというシステムですから、透明性のある貿易だと言えます。
・・・1番の問題は、貿易の条件(Terms of Trade)にあります。賃金がいくらかというだけでなく、納期や支払い条件が変わるだけでも、生産者の生活は大きく影響されてしまうんです。

例えば、支払いが納品後何カ月も経ってからでは、その間、彼らの生活は成り立ちません。
そういう経済的な余裕が彼らにはないんです。
そこで私たちは先に代金の半額を支払い、納品後に残りの半額を支払うという方法をとっています。

チャリティーではなく、ビジネスとして

・・・、途上国支援といって、先進国の“エリート”と言われるような人たちが用意したプロジェクトが実施されますが、なかなか現地に根付かないという問題がありますね。
そうではなく、地域の人たちが、その地域に本当に必要なものを自分たちで考え、決めていけるようになることが大事です。
ですから私たちは、生産者の人たちに安定した収入源をつくることに重点を置いています。
経済的に自立できれば、例えば、学校や安全な水、あるいはマイクロクレジット(失業者や貧困者など通常の融資を受けられない人向けの少額融資)の資金にするというように、生産者の人たち自身が、自分の家族やコミュニティのために適正な開発をできるようになります。
それがフェアトレードの1番、素晴らしいところであり、また、そういう形が1番、持続可能なシステムだと私たちは考えています。
例えば、私たちがインドで取り引きしているオーガニック農家の方たちは、最初は200人ほどでしたが、今では4つの州に広がり、6000人くらいにまで増えています。これはオーガニックコットンなので、普通よりも30%高い収入を得られるというメリットがあるからです。

無農薬の農業であれば殺虫剤を買うためのお金も必要もありませんし、土や水を守ることもでき、自分たちの健康も守れます。
製品の品質も非常に向上していて、特にオーガニックコットンは途上国として初めて、英国のSoil Association(英国土壌協会、有機農産物の検査・認証の第三者機関)の認証を受けました。
フェアトレードでは、そういうWin-Winの関係を築くことができるんです。

貧困と環境問題はつながっている

貧しい人の場合、「自然や環境を守る」という以前に、次の食料がいつ手に入るか分からないという状況に置かれています。
そうすると、生きるためには「環境を破壊する」という選択肢しかないケースも多いんですね。
例えば、外貨を稼ぐために熱帯雨林を伐採するとか、伝統的なオーガニック農業ではなく農薬を大量に使った方法で土壌を汚染してしまうといったことです。

そうした問題も、経済的に余裕が出てくれば、自分たちにとって大事な木を保護するとか、地球に負荷を掛けない物を選ぶというように、選択の幅も広がっていきます。
農薬を使わないので、微生物など、土の中で生きている生物が多い。
つまり土が“生き物”になるわけです。土がCO2を吸収するだけでなく、農薬を使わないので余計な殺虫剤や肥料を作るための石油も要りませんし、製造時に排出されるCO2もなくなります。

また、農薬を使った土壌は固くなってしまうので水を吸収しにくく、洪水が来ると被害を受けやすいのですが、オーガニック農業ではそうした問題も起こりません。
ですから、オーガニック農業でもう一度、土を強くする。
それによって、野生動物などまで含めた「環境」を健康にし、健康なコミュニティを作ることができると私たちは考えています。
また、温暖化対策という意味では、もう少し直接的な効果もあります。
例えば、オーガニック農業の畑は1エーカー(約4000m2)当たり年間1.5tのCO2を吸収します。
森のように、CO2を吸収する効果が土にあるんです。

“手作り”が雇用機会を増やす

手織り機で生地を作ると、機械化された工場で作るよりも、1年間で1台当たり約1tのCO2削減になります。
石油を使って機械で作る代わりに、人間の力で生地を作っているわけです。
でも、フェアトレードで手作りのものを扱うことには、もっと大きな意味があります。
それは「より多くの人に収入源を提供できる」ということです。
例えば、ネパールのカトマンズには、手編みのセーターを作るグループがあります。
そこでは2300人の人が働いていますが、これを機械で作ると人は10分の1で済んでしまいます。

・・・また、手織りや手刺繍など、生産者の方たちが持っている技術も見てほしいですね。
彼らは十分な教育こそ受けていませんが、本当に素晴らしい技術を持っています。
それを生かせば、日本や英国のような先進国のマーケットでも十分、通用する製品を作ることができます。
また、手作りやオーガニックであるということは、企業にとっても、製品の付加価値を高めるというメリットになります。

人の手”こそ石油に代わる資源

考えていただきたいのは、今、環境問題がこれだけ大きな問題となっていて、多くの科学者が「もうすぐ石油がなくなる」と予測しているという事実です。
今の経済モデルではもうパンクしてしまうということは、もう明らかですよね。
では、これから、どう新しい経済モデルを作っていくのか――。
この問いに対して、フェアトレードは1つの答えになる。
つまり、人の手を動かして、モノを作るということです。

・・・人口が30年間で2倍以上になるという予測があり、自然資源も不足すると言われるなかで、人類が持っている1番の資源は何でしょうか。
私は、それは“人の手”だと思うんです。
今後、私たちが地球の資源として守らなければならないのは、“人の手”ではないでしょうか。

貧しい人たちがきちんと食料を得て、安全な生活基盤を確立して、子供を学校に行かせられるようになるために、そして地球を守るためにも、フェアトレードで新しい経済の仕組みを広めていくことが重要だと私たちは考えています。
具体的には今後、フェアトレードを「ゴールド・ベンチマーク」としていくことが1つの目標です。

「環境正義」を持って

・・・本当にそうでしょうか。あなたは、ただ「安いから」というだけで商品を買いますか? 
カッコイイものが欲しいと思いませんか?
周りの人たちが「いいね」と褒めてくれるものが欲しくはありませんか?
英国では最近、「It’s cool to care」ということが言われるようになりました。
意識することがカッコイイ、というような意味です。
例えば買い物をしたら、自分が購入した製品を作っている人にどう影響しているか、環境に負荷を掛けていないか、と気にかけるのです。
日本でも20〜30歳代の方を中心にロハス的な考え方が広まって、フェアトレード製品を選ぶ人が増えましたよね。
フェアトレードというのは、そういうふうに、買い物によって消費者と生産者の関係を縮めていく働きを持っているんです。
・・・それでも、フェアトレードの一般的な認知度は、まだまだ高いとは言えません。英国では、7割以上の人がフェアトレードについて詳しく説明できますが、日本ではまだ2割にも満たない程度です。

・・・フェアトレード商品を選ぶことが環境問題対策になるということは、よく理解していただいているんですが、もう1つ、「生産者の権利を守る」という意味でも重要だということを知っていただきたいですね。結局、温暖化が進んだときに1番、被害を受けるのは、途上国の生産者の人たちだということです。
例えばバングラデシュでは、洪水で畑や田んぼがなくなり、お米の値段が1年間に60%も上がるということがありました。
インドでは、この10年間で自殺した農家の方が10万人にも上ります。
生産コストが全く合わず、借金を返すことができないせいです。
そういう、どうしようもない状況が起こっています。
今後、途上国で、皆が生活できるシステムをどう作っていくかは今後のとても深刻な課題です。

そのなかで、日本人は1人当たり約2.6tのCO2を排出していると言われます。
先進国の人々は、もっとオーガニックのもの、フェアトレードのものを消費するべきではないでしょうか。
最近では、社会正義ではなく「environmental justice(環境正義)」という言葉も出てきました。
食品も服も、できるだけCO2を排出しないものを選ぶ。
それが環境正義であると思います。

ECO JAPAN 5/22より抜粋